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霊性

– 霊性とは –

それは意識です。
”私”という個人を越えた大いなる力との結びつきを体験している
という意識です。

その”大いなる力”とはどんな力でもいいのです。
神でも、宇宙でも、森でも、山でも、先祖でも、法則でも、
地球でも・・・なんでもいいのです。
それは、自分を超えた、より大きな自然の力、
生命(いのち)の力です。

私たちが体験する日々の何気ない営みの中で、
自分がこの大いなる力の一部として共に生き、
生かされているという、
一体感と実感を伴なった意識のことです。

※『意識を高める』ということと『霊性を高める』ということとは同じ意味で使われることもあります。

~ ”霊性の目覚め” ~

私たち人類は皆、この霊性を生まれながらにして備えています。
霊性が目覚め、高まるにつれて、自分というひとりの人間が
”大いなる力”の中でいかに小さい存在であるかを
認識するようになっていきます。

それは、人間の「弱さ」というものではなく、
万物の霊長といわれる私たち人間のエネルギー的(霊的)な
成長の段階であり、
地球上、あるいは宇宙全体の、すべての生命の営みの中の
一つの細胞であるという認識の始まりです。
と同時にそれは、すべての大いなる生命の営みの一部として、
自分自身も生きている・生かされているという
強い生存意識の現われでもあります。

私たちの霊性が目覚めると、私たちはすべてのことに対して
謙遜と謙虚さが必要であることを学ばざるを得なくなります。
なぜなら、大いなる力の中にあって
すべての生命(いのち)は、
互いのために生き合っているということを学ぶからです。

野の花も、鳥も、虫も、太陽も、地球も、銀河系も、水も、
空気も、あるいはお金も、人間も、、、
すべてはお互いに必要なものを差し出すことから始まって、
交換し合うことで存在しているのです。

このような意識の現れは、
”私”という人間の存在感を増すと同時に、私がこの世の中で、
私以外の生命(いのち)のために何ができるかを
考える”きっかけ”となります。
それは”自我自欲”という単なる個人的欲求を超えた意識です。
そして、このような意識は、なにも特殊な分野においてのみ
用いられるものではありません。
ありとあらゆる分野・・・エンターテイメント、趣味、
スポーツ、芸術、文化、教育、政治、経済、科学、医学・・・
すべての分野において求められているのです。

さらにまたこのような意識は、
すべての生命(いのち)との繋がりに気づくことを促すと同時に、
この世で起こる事象のすべてにおいて、なにひとつ”無駄なこと”、
”無駄な繋がり”など存在しないということに気づくよう
私たちの心を仕向けます。
それは、まったく自然な心の流れです。
そのことによって私たちは、
今、この瞬間に起きていることの意味を
ハッキリと認識するようになるのです。

~ ”霊性の成長・高まり” ~

”霊性”は、私一人がどんなに頑張っても、
たった一人では輝きを増すことはできません。

ダイヤモンドの原石が、放っておけばいつまでも
原石のままであるように、私たちの”霊性”も、
そのまま放っておいたら長い眠りから覚めることはないのです。
ダイヤモンドと同じように”霊性”は、
人の手が加わることによって輝きをあらわし、
そして高まっていくようになります。

私たちの”霊性”を育むのは、他でもない私たちの”霊性”です。
ひとりの人間の人生に関わるすべての人が、そのひとりの人間の
”霊性”の成長に関わっています。
人との関わりの中でのみ、私たちの”霊性”は成長します。

例えば、私たちが自然をみて”美しい”と感じるのは、
それが美しいものなのだということを誰かに教わらなければ
決して”美しい”という感情を持つことはできません。
それは、まわりの人間の感性(霊性)によって育まれるのです。

”霊性”の成長において、
必ずしも宗教的な教育が必要とは限りません。
宗教的な教育を通じて”霊性”についての学びを得ることは
確かに一つの方法です。しかし、美しいものを見て、
それを美しいと表現できるようになるのに
特定の思想は必要ありません。

野の美しい花を見たときに
「この花はなんて美しいのでしょう!
なんて素晴らしいのでしょう!」
このように表現できる人がまわりにいればいいだけです。
”霊性”を育むということもこれと同じように、
既に”霊性”を育んだ人との関係が一番大切なのです。

私たちの”こころ”を科学的な手法を使って
証明することはできないでしょう。
そしてまた、私たちの”こころ”が感じ取っている「事実」を
科学的に証明することもできないでしょう。
しかし、間違いなくそのような「事実」は存在しています。
同じように、私たちの”霊性”を
科学的に証明することはできないでしょうし、
私たちの”霊性”で感じ取っている「事実」を
科学的に証明することはできないかも知れません。

しかし、間違いなくそれは「事実」として存在しているのです。

~ ”霊性と健康” ~

”霊性”を育み成長させることは、この世で起こる
すべての事象に内在する意味を見い出すことに繋がっていきます。
そして”生病老死”というものも、
それぞれが生命の営みの中のひとつのプロセスであるという
認識が生まれるようになります。

その中で”病気”や”不遇な状況”というものは、人生において
敵対される存在として扱われることが多く、当事者にとって、
あるいはまわりの人達にとっても
決して気持ちのいいものではありません。
しかしこの”病気”や”不遇な状況”でさえも、
生命の営みの中のひとつのプロセスに他なりません。

その証拠に、私たちには生まれながらにして、
さまざまな病気・状況に対する免疫力、抵抗力、回復力、
更には適応力が備わっています。

何故でしょうか?
何かの病気・状況に陥っても、
それを回復する力が最初から備わっているなら、
わざわざ病気や不遇な状況に陥らなければいけない
その理由は何でしょうか?

その理由は、「健康で生きることの価値」を
見失わないためです。
”病気”や”状況”が私たちの霊的な学びのプロセスだからです。

もし私たちが、ある病気や不遇な状況の
犠牲者としての立場を堅持するなら、
そこにはただ苦しみだけが存在し、なんの学びもありません。
しかし世の中には、”今の私”以上に不遇な状況の中で
瞳を輝かせながら一生懸命に生きている人たちがたくさんいて、
その人たちから学ぶこともたくさんあるはずです。

”霊性”の目覚めは、
『大いなる力』と『自分』と『病気・状況』との関係が何かを
考える”きっかけ”を提供します。
そして”霊性”の高まりは、
『大いなる力』と『自分』と『病気・状況』との関係の中にある
”学び”を提供します。

大いなる力との結びつきの中で私たちは生き、
そして生かされています。
宇宙の統一性に沿った生き方を実践しているかどうか、
常に検証する必要が私たちにはあるようです。
私たちが宇宙の統一性から外れそうになるとき、
私たちの魂がそれを敏感に感じとって知らせてきます。

この魂は、
”私”の行くべき方向を指し示す羅針盤のようなものです。
この精密で微妙な羅針盤の指し示す方向は、
大いなる力との結びつきの中にあって
はじめて知り得るものなのです。

Original & Copyright by Futoshi Sonoyama

・キネシオロジー
・コーチング
・エンジェルカード
・「息吹の杜」
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